HIKING

いつまで過去の思い出話してるの問題

おっつんこ!!

今日は自分で自分を煽るようなタイトルを付けてみました!笑

僕ね、ラジオでロングトレイルのお話をしているんですけど、これって2015年とかのお話だから、かれこれ5-6年前とかになるんですよ。

「山登り自体も全然最近やってないのに、よくもまぁそんなテーマで話してられますね」

「昔の思い出話をいつまでしちゃってんのよ!?」

って印象を受けている人も多かれ少なかれいらっしゃると思います。

僕自身、どちらかといえば同じように、そう言う捉え方をする場面もあるのだけど、改めて「僕が過去の話をいつまでもしている理由」ってところをまとめて、ラジオを始めた時の初心というか、そう言うもんをみなさんにシェアできればと思っています。

僕がロングトレイルの話を未だにしている理由

では早速行ってみましょう!!

①情報をキャッチするタイミングは人それぞれ(興味を持つタイミング、出会ったタイミングは人によって違う)

2015年-2016年に僕のFacebookを見ていてくれた数百人の人には、「そんな世界もあるんだ!」「同級生が世界へ旅立って歩いて旅してるってすごく元気もらうよ」なんて言葉をかけてもらえたり、投稿自体を楽しみにしていてくれた人もいました。

僕もそこでの反応に元気をもらっていたし、自分の話を文章で不特定多数の方々にメッセージを送られることは、とても便利だなぁなんて思っていました。

ただ、SNSって良くも悪くも流れもの 。

時間が経つと忘れ去れ、その時繋がっていた人意外には届かない情報になってしまう。

別に届かなくてもいいのだろうけど、その時は接点がなかっただけで、2017年にロングトレイルに興味を持ったり、それ以降に僕と出会った人には、全然届かないわけです。

当時の僕を知っている人だとしても、僕らのラジオを聞いてくれている人の中で、facebookの投稿楽しみにしていました!って人は何人くらいいるのだろうか。

おそらくそんなにいないでしょ。

その人たちにとっては、僕のロングトレイルはすでに消化したもの。って感覚なんだと思う。

帰国してから出会った人、僕が農業を始めてから出会った人、マサルきっかけで繋がった人、

また、興味を持ったタイミングも人それぞれ。

反対に、当時の配信にはあまり興味は持っていなかったけど、最近歩く旅に興味を持ってね、てな具合に、このタイミングでスイッチが入ったなんて人もいるかもしれない。

そう思うと、僕らがロングトレイルの思い出を、次の誰のきっかけになるため発信し続けることって、その誰かにとっては大きなきっかけになり得ると思うんですよね。

結局のところ、その人の行動力次第でしかないのだけど、「えい、や!!」ってなるための情報材料はあった方がいいじゃないですか。

ロングトレイルを歩き終えた人たちで、こうやって過去の話をしている人っていますか?

「ロング・ディスタンス・ハイカーズ・デイ」くらいでしょ

職業として携わっていない限り、みんなロングトレイルで学んだ素敵なことを、その日くらいしか外部に発信する機会ってないんですよね。

「その経験を私生活に落とし込んでいる、それが重要であり、大切なこと」

そりゃそうなんだけどね、せっかくなら、僕らが見てきた世界を興味がある人には「こんな世界もあるんだよ、こんな選択肢をとってもいいんだよ」って伝えていきたいじゃないですか。

でもまぁ、そもそも誰が興味あんねん!って思っちゃう部分もあるだろし、いつまで過去の思い出話しとんねん!!なんて思われるのって、ダルいじゃないですか。

でも、僕は幸い、ラジオというツールでロングトレイルの魅力を発信することで、今現在、ロングトレイルに興味を持っている方々と繋がれています。

このラジオで、ロングトレイルの話をしていなかったら、ラジオをきっかけに繋がった人たちとは出会っていないわけです。

それだけでも、過去の思い出話を何年も話してきた甲斐があったってもんです。

②思い出を風化させない

これも大いにありますね。

人に話さない話って、どんな大事な話だろうが忘れていくものだと思うんですよねー

それをひとつひとつエピソードとして、誰かに話を聞いてもらうことで、記憶を反芻することができて脳裏にしっかり刻まれる感覚がある。

残念ながら、とても思い出深い話でも、人に話さないと忘れてしまうことが多くある。

例えば、アリゾナトレイルでツーソンという大都市からトレイルヘッドへ戻ろうとしていた時のこと。

ガソリンスタンドで乗せてくれそうな車を探していたんだけど、なかなか見つからず項垂れていると「乗せてやれないけど、これ食って元気出せ」とホットドックとコーラを渡してくれたんです。

ありがとうと伝えると、お釣りを渡してきて「晩飯代にでもしろよ」って。

それは流石に受け取れないと言ったんだけど、すぐ立ち去っちゃって。

あー自分も旅人に出会ったら、優しい人間でいれるようにしておこうと思ったんだ。

こんな大事な思い出すら、人に話していないと忘れている。

旅人に出会った時には優しく振る舞う これだけは、自分の指針みたいな感じで残っているから、思い出自体はそこまで大事じゃないかもしれないし、自分がその経験をどう捉えてどう活かすかだけにフォーカスすればいい話だから、全然ありなんだけど、なんだか寂しいじゃん。

それが一つや二つならいいけど。

誰かに話していなければ、脳はそれを「重要じゃないこと」と認識して、エピソードもほとんど忘れちゃうんだと思う。

僕にとってロングトレイルの思い出は、自分史の中で最も輝いていた時間であり、一生忘れたくない時間であるからこそ、60、70歳になっても、昨日のことのように思い出せるような思い出であって欲しいんだと思う。

今回伝えたいこと

<div class=”simple-box7″><p>

・受け取る情報には、人それぞれのタイミングがある。※その期間が長ければ長いほど、届けたい人に届きやすくなる。

・人生の軸となるような思い出は、忘れないように定期的に話すことが大事。※大切な思い出は風化させちゃいけません。</p></div>

まとめ

いかがだったでしょうか。

大事なのは今でしょ!とか、未来を考えて生きないとだめだよ!という風潮が強いですが、僕は過去があるから現在地をしっかり把握できて、未来を想像できると考えています。

最後に、今回の話を今の自分に置き換えて考えてみると、ブルーベリー農園にも活かせることってあるなぁって思うんです。

「今度あそこのカフェに行こう!」とか「今年は〇〇の花火大会にでもいくか!」って雰囲気になることあるじゃないですか。(最近久しくそんな雰囲気味わえてませんが)

ブルーベリー農園を開業した場合も「今年は行けなかったけど、来年は行こうかなぁ」って考えてくれる人もいると思うんです。

何が言いたいかっていうと、タイミングは人それぞれ。

だからこそ、こちらができることと言えば、絶えず発信することで、相手とのタイミングを合わせる作業が大事なのです。

このブログをきっかけにブルーベリー農園を開業しようとしている人もいるかもしれませんね。

何事もタイミング!!

人生楽しんでいきましょう。