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【まとめ】鋸山の歴史と見どころ

【まとめ】鋸山の歴史と見どころ

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今週は鋸山の歴史と見どころについてまとめていきます。

今年から鋸山ガイドとしても活動していく予定なので、いつかお会いするであろう方々に過不足なく案内できるようにしておきたいのです。

要するに、備忘録(笑)

今回のブログを読んで、現地に足を運んでみたいという方は、是非ご一報をお願いします。

ちょっと長々しくなりますが、興味のある方はお付き合いください。

それではいってみましょう!!

ガイドを目指すきっかけ

本題に入る前に、まずはガイドを目指すきっかけのお話。

山梨にいた会社員時代には、日本アルプスを縦走したり、長期休みを利用してニュージーランドやネパールでハイキングを楽しむアクティブ系男子でした。

終いには、世界一周をしながら海外のロングトレイルを歩きまわるほど、ハイキングというものにハマっていたんです。

でも結局は、地元で頑張る道を選んだというか、田舎の方が面白いことができそうな予感もあって、千葉県の鋸南町にカムバック。

今では、登山が好き!というよりは、ハイキングが好きな人が好きというか、鋸南町でハイキング好きの人と繋がる場所をつくりたいって欲の方が、正直なところ強いです。

運よく鋸南町には、鋸山 という調べれば調べるほど面白い山があって、外国人の方々もちらほら来るほど人気の観光地になっています。

鋸山をツールに、ハイキングが好きな人、海外からの旅行者と繋がりたいってのがガイドを目指そうと思ったきっかけでしょうか。

自分が得意な「歩くこと」が付加価値となって、誰かに喜んでもらえる。

これって最高でしょ!!

そんな感じがきっかけです。

鋸山ってどんな山

ざっくりいうとこんな山

千葉県で18番目に高い山で、標高は329m

東京タワーとほぼ同じ高さです。

鋸山の尾根を境目にして、南側を鋸南町北側が富津市(金谷)となっています。

鋸山は「地獄のぞき」「日本一大きい大仏」「千五百羅漢像など見どころも多く、富津市側の北側斜面は、ハイキングコースとして整備がされているので、歴史に興味がある方だけではなく、山登りを楽しむために足を運ばれる旅行者もたくさんいます。

近年では、「世界遺産に匹敵するスポット」として、メディアに特集される機会も多く、地元でも自治体を中心に日本遺産登録を目指しています。うぇい!!

鋸山の由来

鋸山の由来は、諸説ありますが、鋸南町側から見た山の形がギザギザしていたというのが有力のようです。

※鋸山の北側(富津市金谷)では、江戸時代から石切のまちとして栄えてきたことで「石を切り出したことで山の形がギザギザになったから」って話もありますが、前述の方が石切が始まるより前(文明18年 1486年)なので、そちらの方が有力だとされているわけです。

鋸山を訪れた文人

鋸山には、小林一茶を始め、歌川広重、夏目漱石、正岡子規など数多くの文人が訪れています。

歌川広重は2度房総を旅しており、その時の旅のスケッチをもとに、鋸山や鋸南町の海岸から見た富士山の風景版画「富士三十六景」「不二三十六景」もあるので、気になる人は要チェック!!

漱石と交流があった正岡子規は、漱石とは逆のルートで鋸山を訪れ、その旅を「かくれみの」で著しています。

小林一茶もいろいろと句を詠んでいるので、気になる方は鋸南町の資料館へGO!!

鋸山の登山方法

頂上までのアクセス

鋸山頂上付近までのアクセスは、大きく分けて3つ。

  1. 鋸山ロープウェイ http://www.mt-nokogiri.co.jp/pc/p010000.php
  2. 鋸山登山自動車道(有料は地獄のぞき付近、無料は大仏付近)
  3. 徒歩

電車で来られた方で、時間に余裕があり体力にも自信がある方は、是非「徒歩」をおすすめします。

浜金谷駅で下車して、2-3時間程度かけて地獄のぞきまで行き、そのまま大仏を見ながら鋸南町側まで降りて保田駅から帰るプランがベストです!

所有時間は、だいたい4-6時間あればOKでしょう。

上級者編

房総の自然も満喫したいという方は、是非関東ふれあいの道を歩いてみるのも面白いですね。

ここは鋸山の頂上を通って東側の尾根伝いを歩きます。

観光地化されていない自然歩道で景色も抜群に良いです。

台風15号の爪痕もあるので、自然の驚異を感じるルートともいえます。

こちらのルートは、大仏や地獄のぞきなどを通らないルートなので、初めて来られる方は味気なく感じるかもですが、個人的には、こちらの方を歩くのが好きですね。(入館料払わなくていいし)

ご希望の方は、是非是非メッセージお待ちしています。

イベント企画して、1人3000円(上限10名)くらいでやろうかなと考えています!

最寄りまでのアクセス

東京から高速道路で1時間ちょっとで行ける観光地です。

電車だと各駅停車で2時間30分くらい。

降り口は浜金谷駅がベストです!

、、、雑(笑)

鋸山の見どころ5選

①地獄のぞき

鋸山の写真といえば、ここです。

テレビや雑誌、インスタグラムなどのSNSで誰しもが1度は見たことがあるのではないでしょうか。(言い過ぎ)

ロープウェイからも有料駐車場からもアクセスできるので、まずはここを押さえておきましょう。

標高300mしかないにも関わらず、眺望は素晴らしいのです。

西を向けば東京湾越しに富士山 が拝めることもしばしば。

切り立った岸壁は「千葉県ですか?ここ」と疑いたくなるほど異様な光景となっています。

突き出した地獄のぞきの写真を撮るには、一人だと正直厳しいです。

是非、ご家族やカップルで行きましょう!!(大きなお世話)

地獄のぞきの下にある「百尺観音」もせっかくなら押さえておきましょう。

高さはまさに 百尺!!(30.3m)

壁は当時切り出された石ってだけで、ロマンを感じること間違いなしです!

②日本一の大仏(日本寺)

奈良時代(725年)に開かれた日本寺。

日本寺のご本尊は薬師瑠璃光如来。

鎌倉の大仏よりも、奈良の大仏よりも圧倒的に大きい大仏なんです。

総高31.05m!!

石製の大仏で日本一の高さです!

ちなみに、東方浄瑠璃世界の教主で、瑠璃光を以て病人を救う医薬の仏様でもあります。

左手に薬壺を持っています。

ここでかなりマニアックな話ですが、ぼくが鋸山を語るうえで一番好きなストーリーなので、とりあえず書いておきます。

舞台は仏教伝来間もない奈良の都、平城京。

聖武天皇の后の光明皇后は、とても慈悲深く、信心深い女性だったそうで、施薬院(せやくいん)という今でいう病院を建て、老若男女問わず、貧しき人々、病で苦しむ人を千人施浴の願(病人1000人の身体を洗う行)を立てました。

自ら風呂を沸かし、病人をケアする日々。

その千人目に訪れたのは、体中に重度の腫物を患った病人。

その病人が「もし皇后様が、私の体中にある腫物の膿を口で吸いだして頂けましたら、私の病はたちどころに治るでしょう」とふざけた話を抜かしてきます。

皇后は迷うことなく、その病人の皮膚に口をあて、膿を吸い出そうとすると、その病人の姿は消え、光り輝く仏が現れました。

皇后の真(まこと)を試したのは、当方の仏である薬師如来だったのです。

※1000人目の変態クソ野郎=薬師如来

薬師如来は「皇后のその篤(あつ)い信心に報いよう」と言い残し、東方へと飛び去りました。

皇后は天皇にお願いし、薬師如来が去った東方の聖地を探させるため、僧行基を東国へ遣わしました。

行基は聖地を探し房総へたどり着きます。

そして、鋸山を仰ぎ見て、三方に分かれた峰に薬師三尊の来迎の姿を感じ取ったそうです。

この地こそ、東方の聖地だと確信した行基により、日本寺は開創され、関東最古の勅願所と言われるようになりました。

これが日本寺に伝わる縁起です。

テストに出るので覚えておきましょう。

③千五百羅漢

上総の国桜井(木更津)の石工大野甚五郎英令(ひでのり)によって造られた石像。

弟子27名と共に20年かけて1200体の羅漢像と100体の観音を掘り上げました。

1798年48歳の時に千五百羅漢を完成させて、その年にお亡くなりになりました。

また、江戸時代後期には、旅のブーム・参詣ブームがあり、鋸山には仏教のテーマパークとして、江戸から人々が集まったとされています。

、、、現代版ディズニーランドといったところでしょうか。

羅漢像の中には、自分に似た顔が必ずあると言われているので、行った際にはぜひチェックしてください。

まとまりがないけど、これはまぁ行ったら押さえておくかって感じです。

④房州石(岩舞台)

この話は結構興味深い。

房州石の歴史は、江戸時代(元禄)の頃からと言われているが根拠はありません。

他の言い伝えでは、それより古く鎌倉時代という説もあります。

房州石は、山の北側で採掘されたものを金谷石(富津市金谷産)と呼び、南側で採掘されたものを元名石(鋸南町元名産)と呼ばれていたが、大正時代に入ると石材組合が結成され「房州石」と名称が統一されました。

また、大正12年(1923年)に関東大震災が発生し、東京を中心に甚大な被害をもたらしたが、その復興には石材ではなくセメントが使われるようになり、石の需要は急激に減少した。

昭和時代に入ると、若手は戦争に駆り出されたものの、チェーンソー式の採掘機械を購入し、1台で12-13人分の切り出し能力があり生産性を上げたが、文明の発展とともに需要がなくなり、石切りは昭和60年をもって採掘を終了した。

岩舞台

鋸山の北側にあるメインの採掘場跡地。

壁に描かれた「安全第一」の文字が30メートルほど高い場所にあり、当時の採掘していた壁の位置が分かる。

壁には、上段に手で掘った跡が残っており、途中から機械で切ったようなツルツルの切り口になっている。

昭和時代に入り、機械採掘がはじまった分岐を目で確認できるのは、当時の情景を思い描くこともできてロマンすら感じるのではないでしょうか。

近年までこの場所を活用して音楽祭もやっていたようです。

ぼくも先日足を運びましたが、人のぬくもりを感じる山というか歴史がある雰囲気がなんとも素敵な場所という印象を持ちました。

関東ふれあいの道(パノラマ~頂上~尾根歩き)

上級者向きがあると話したコースです。

このルートには、しょん〇ん滝やら岸壁に男性のシンボルを象った芸術作品も見れたりします。

これは文字に残すとあれなので、案内したときにお話しますかね。

上記で説明した岩舞台も通るし、頂上付近から眺めるパノラマビューもお勧めです。

今回の震災で、数多くのボランティアの方々がこの道を整備してくれる光景もありました。

PCTもそうだけど、地元の方々あっての道、心して歩こうと思わせてもらいます。

ありがとうございます。

まとめ

いかがだったでしょうか。

ロープウェイやら有料駐車場を利用をしたら、2-3時間程度で散策できます。

東京からそこまで離れた場所でもないし、日帰り旅行も余裕でできちゃいます。

個人的には、9時着で浜金谷駅、歩いて鋸山を回って、鋸南町保田駅まで行っちゃう4-6時間のコースがお勧めです!!

もしそのルートに興味があれば、是非是非こちらまでご連絡ください!!

それでは、今日はこの辺で。